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まだ見ぬスペイン 古の都巡り8000キロ #5  ~レコンキスタ発祥の地・アストゥリアス~

起伏の多い海岸線と、内陸の険しい山地からなるアストゥリアスは、グリーンスペインを代表する地域。そして、スペインの歴史を語る上で最も重要な「レコンキスタ」。その発祥となったこの地には、プレ・ロマネスク芸術と呼ばれる、美しく貴重な歴史的文化遺産が多く保存されています。

 

■ 迫田先生のスペインクイズ
Q1  答え
カンガス・デ・オニス  ローマ橋 ローマ橋

カンガス・デ・オニスの町に架かるローマ橋は、ある部分がこの町の歴史を象徴しています。それはどこの部分でしょう?

ローマ橋のアーチの最上部から、キリスト教の象徴である十字架が吊り下げられている。
Q2 答え
まだ見ぬスペイン 古の都巡り8000キロ まだ見ぬスペイン 古の都巡り8000キロ

アストゥリアス王国の戦士たちは、ある動物と戦い勇気を示していました。その動物とはなんでしょう?

当時の戦士は小さな剣を片手に熊と戦うことで、部下や仲間に自身の勇敢さを示していた。
Q3 答え
まだ見ぬスペイン 古の都巡り8000キロ まだ見ぬスペイン 古の都巡り8000キロ

アストゥリアス王国の首都であったオビエドには、時のキリスト教文化を象徴する世界遺産の建築物があります。それは何でしょう?

世紀から10世紀半ばにかけて建てられた教会は、独特のスタイルからアストゥリア様式と呼ばれ、その歴史的重要性から世界遺産に登録されている。

■ 迫田先生の補習授業
アストゥリアス王国 <アストゥリアス王国>

711年イスラム勢力のウマイヤ朝は、イベリア半島を支配していたキリスト教の西ゴート王国を滅ぼし、スペインのほぼ全域を征服した。キリスト軍は唯一イスラム勢力に占領されていなかったアストゥリアスの険しい山岳地帯に逃げ込み、アストゥリアス王国を建国した。アストゥリアス王国の建国に始まったレコンキスタ(※)は、約800年後の1492年にグラナダを制圧し終結した。
※レコンキスタ(国土回復運動)・・・スペインの大部分を征服したイスラム勢力に対し、キリスト軍が再び国土を回復しようとした一連の戦いのこと

ドン・ぺラーヨ <ドン・ぺラーヨ>

アストゥリアス王国の最初の王。

722年の『コバドンガの戦い』での最初の勝利を得た記念碑として、コバドンガにドン・ぺラーヨの像がある。『山はスペインの救いである』という言葉を残した。

聖なる洞窟

<聖なる洞窟>

キリスト軍はこの地の険しい自然の地形を利用して、イスラム軍への反撃のチャンスをうかがっていた。

洞窟にはキリスト軍に勝利をもたらすとされている『戦いの聖母』が祭られている。

バジリカ聖堂 <バジリカ聖堂>

新ロマネスク様式を用いて建てられたバジリカ聖堂は、シンデレラ城のモデルになったとも言われている美しい教会。

キリスト軍、もしくはスペイン国を守ってくれたコバドンガの村を見守るかのように、高台にそびえている。

パラドール・カンガス・デ・オニス <パラドール・カンガス・デ・オニス>

12世紀から18世紀にかけて修道院だった建物を改装したパラドール。

工事が行われた際、ドン・ぺラーヨの孫娘と隣のカンタブリアの漁師が結婚して住んでいた宮殿遺跡が発掘された。当時のアストゥリアス王国は、このような政略結婚によって勢力を拡大していった。このパラドールには、レコンキスタ運動が始まった頃にできた教会が、今もそのまま残されている。

サンタ・マリア・デル・ナランコ教会 <サンタ・マリア・デル・ナランコ教会>

現在貴重なアストゥリアス建築として、世界遺産に登録されている3つの教会のうちのひとつ。昔は王の離宮だった建物を13世紀に教会へと転用したもの。この地は最後までイスラムに占領されなかったため、西ゴート時代の様式を受け継いで発展させた独特のアストゥリアス様式(※)が生まれたと言われている。

※アストゥリアス様式(プレ・ロマネスク様式)・・・ロマネスク⇒ルネッサンス⇒バロックへと発展するヨーロッパの建築美術様式に、大きな影響を与えた。

プリンス・オブ・アストゥリアス <プリンス・オブ・アストゥリアス>

アストゥリアスがスペイン王国の母体であることから、スペインの皇太子は『プリンス・オブ・アストゥリアス』の称号を名乗るのが慣習となっている。

フェリペ2世も皇太子時代は『プリンス・オブ・アストゥリアス』と呼ばれた。

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